沖縄の宮古島の伝統行事「パーントゥ」は、旧暦9月吉日に全身に泥を塗り、奇怪な仮面(パーントゥ)をつけ、集落内を来訪する。三匹のパーントゥは村の悪霊や災難をはらい、嘉例(カリー、めでたい先例)をつけて人々に幸運をもたらす。

実際にパーントゥに追いかけられると、まず足が速いのに驚く。腕を捕まれ、泥を塗られると、予想していた以上に恐怖を感じる。

何が怖いのかというと、宮古島の自然が怖いのだ。

パーントゥの前日、宮古島在住の知人にとある御嶽を案内してもらった。そこは祭祀の時以外には人の出入りがない場のようで、御嶽へと続く道は鬱蒼と茂っていた。草木をかきわけながら細い山道を登っていくと、途中で広場のような抜けた空間が現れた。そこは高い木がなく日当たりの良い場所でキラキラと輝く光が眩しい中、目を凝らすと、見たことのないような綺麗でカラフルな蝶の大群が踊るようにひらひらと舞っていた。

あまりの美しさに「こんにちは、失礼いたします」と挨拶すると、私の周囲を色とりどりの蝶がくるくると回り、戯れているみたいに私の後ろを追いかけ、「ようこそ、いらっしゃい。よく来たね」と返事をしてくれた声が聞こえたような気がした。暗い山の中のひらけた空間に突如現れたあまりにも麗しい光景に、実は天国ってこんな感じなんじゃないか、天のお迎えが来てしまって私たちはもう二度と元の場所に帰ることはできないのではないかと思うほどだった。案内してくれた宮古島在住の知人も、こんな体験は初めてだと驚いていた。

この蝶の大群が一体なんだったのかは分からないが、宮古島には不思議なことが起こるのは、決して珍しくはないらしい。

「宮古島は不思議な島である。私たちが信じられないような話が、大手をふって歩いている。さりげない路傍の木や砂浜の岩がそれぞれ物語をもっていて、私たちの足を引き止める。超自然と思われる事柄がこの島では日常的のことのように語られる。」
−−−谷川健一 「続・ぴるます話」佐渡山安公著 かたりべ出版より

御嶽周辺で蝶の大群に遭遇するという体験から、私はこのカンカカリャ(宮古島でのシャーマンの呼称)の根間ツル子さんの発言を軽視することはできない。

司会:岡本恵昭「御嶽などの聖なる場所がリゾート開発の計画内に組み込まれていったり、道が塞がれるとか、島の海岸周辺はほとんど本土資本に買われてしまうとか、そうした問題が出ているんですね。(中略)

根間ツル子「(中略)自然を欠くことはできない。それは宮古島は地球の中心になっていると。それで、ここがずれたら地球が大変良くないと神様はおっしゃる。その宮古島に御嶽があるということは天への通信とか、竜宮の神への通信とか、それから現世の下、七底の方への通信を打つ場所。昔、神と人間が一緒になって生きていた時代に、御嶽というのが造られたということなんですよね。今の人たちは、豊かになり過ぎて、神様を祈らなくても美味しい物が食べられますしね、神はいらないと。」
−−「続・ぴるます話」佐渡山安公著 かたりべ出版

とにかく御嶽は霊的に非常に重要な交信ポイントであることだけは間違いない。

根間忠彦(根間ツル子さんの弟)「たとえば御嶽があると、御嶽の後ろには必ず水の神が居るわけ。(中略)必ず御嶽には井神がつくわけ。」

御嶽と井戸の神は対をなしているという。そして井戸は島の呼吸器官であるから井戸を塞ぐと島が死んでしまい、そのことが島の住民を病気にするのだという。

パーントゥの泥は、ンマリガー(産井)という聖なる井戸から水を汲み捨て、泥をとり出したものだ。その泥を塗られることで厄除けになるという話も、御嶽と井戸の霊的な話を知ってからだと納得せざるを得ない。パーントゥを見ると、崇高なる地球の大自然の力が宿ったクリーチャー、と思えてくる。だからこそ私は、パーントゥが恐ろしくてたまらないのだ。

ある日、私はパーントゥに関するこんなニュース記事を読んだ。

厄払いの泥を塗る手法が一部の観光客に受け入れられず、クレームにさらされている宮古島・島尻の奇祭「パーントゥ」。

地域行事 事前「勉強」を 島尻自治会長・宮良保さん

 『島尻のパーントゥは世界中を見ても、この地域にしかない非常に珍しい行事だと自負しています。永久に続ける島尻の「誇り」であり、観光客に限らず厄払いの泥を塗られ怒る人がいるのは考えられません。

 文句をつけるなら見物を遠慮してほしい、と思っています。私が幼いころは、外灯もない、舗装されていない道路に見物人はほとんどおらず、暗闇から現れるパーントゥは本当に怖い存在だった。親には「パーントゥに捕まえさせるぞ」と言われ、「お利口さんにします」と答えたことを覚えています。

沖縄タイムス+プラス ニュース

パーントゥを見学される観光客の方々は「風変わりな南島の奇祭」といった認識で訪れると思われるが、おそらくご想像よりもはるかに大きな恐るべき存在がパーントゥには宿って居るということをぜひとも胸に刻んでいただきたいと切に願う。そして、パーントゥがいつまでも存続することを心よりお祈りする。

※引用させていただいた「ぴるます話」「続・ぴるます話」には著者の佐渡山安公さんが収集した宮古島の不思議な民話がたっぷりと収録されている。